高層ビルの屋上ってなかなか入れない
年明け早々、一念発起して臨んだバイト面接をバックレてしまった僕は深い絶望の海に沈んでいた。
日がな一日、天井を見るかネットをしていた。
求人サイトを見るものの電話をかけるのが怖くなって、毎日何らかの理由をつけて先延ばしにした。
どうせまたバックレてしまうのに果たして応募する意味があるんだろうかと考えてしまい、安易に電話をかけられなくなった。
そうやって二週間近く時間を潰した。
このまま親に迷惑をかけ続けるくらいならば、いっそ死んでしまった方がいいと思った。
僕から発せられる負のエネルギーが周りの人たちに悪影響を及ぼしているような気がしていた。
罪悪感による胸の痛みから解放されて楽になりたかった。
家から少し離れた駅に道路を見下ろせるくらいの高さの場所がある。
誰でも入れるところで、一年の夏にたまたま通りかかったことがある。
その時は、ここから落ちたら逝けるのかななんて思いを巡らせていたけど、まだ見たいアニメがたくさんあったから思いとどまった。
そのことが頭の片隅に残っていて、死ぬときはそこから飛び降りようと決めていた。
万全の状態であったはずなのに再び悪夢が始まったことで、いよいよ人生の潮時だと思い、下見を兼ねてそこへ向かった。
階段を上り、立ち入り禁止エリアの手前で止まり、下を見た。
すると、そこは思っていたよりもずっと低かった。
それもそのはず、6~7階ほどの高さしかなかったのである。
飛び降りが成功するには10階は必要だと記憶している。
失敗すれば重い後遺症に悩まされることになり、今よりも過酷な未来が待ち受けることとなる。
今でもこんなに苦しいのに、これ以上の苦痛に耐えられるわけがない。
十分な高さがあって僕が立ち入れる場所が見つからない限り、当分は自死を選択することはないだろう。
年明け二度目のバイト面接
充分な休息を取ったことだし、今度こそ行くぞと意気込んで、最寄駅から数駅離れたところに応募した。
面接場所は繁華街にあったから、様々な人間を観察することができた。
浮浪者らしき身なりの老人を何人か見かけ、居心地の良いところだと思った。
サラリーマンや学生ばかりいる町はとても息苦しい。
自分が社会に適合できないんだということを嫌でも分からされてしまう。
その点ここは、治安はあまり良くないものの、僕にとって快適な空間であった。
町の中心部なだけあって多くの人が目に入ったが、自然と女を見定めていた。
数人ほど好みの女がいた。
僕は彼女らの何に惹かれたのだろうか、彼女らは普段何をしているんだろうかと考えていた。
特に帽子を深くかぶった女が印象的だった。
大きな目をしてて、瞼が少し下がり半開きで眠そうな表情の女に見惚れた。
薄い茶髪の前髪が帽子から出ていておでこが透けていた。
以前にも似た人を見たが、けだるげでギャルのような雰囲気を醸し出している女が僕のタイプなのかもしれない。
すれ違うまでのほんの数秒だったが、脳裏に刻み込まれた。
瞼がシャッターなら、あの瞬間僕は何度も瞬きしただろう。
良い女に目が保養され、膀胱に溜まったものを排出したい欲求に駆られた。
近くの建物でそれを済まし、その時に薬を飲んだ。
そして面接が始まる10分くらい前まで本屋で時間を潰した。
本を買うとき、店員とのやりとりで自分のおどおどした様子が妙に客観性を持って頭の中に飛び込んできた。
客としてですらこんな調子なのに、ましてや店員としてまともな対応を取れるわけがないと痛感し、未来への期待感に暗い影が差した。
5分前に会場に着いたものの、なぜか入る気になれず、そのまま素通りした。
またしても面接に辿り着けず帰路に就いた。
薬のおかげか、全く緊張は感じられなかった。
にもかかわらず店内に入れなかった。
店員に面接に来たことを伝えればいいだけなのにそれができなかった。
店の中で働いている従業員が生き生きとしてて、その姿が僕の目に眩しかった。
怒りを他人にぶつけない僕は偉い
帰り道、飽きもせず同じ挫折を繰り返したことに対する絶望と、自分への怒りで叫ばずにはいられなかった。
「バックレキモチェ~!」「あはははははは…クソッ!」
マンションやアパートが乱立していて、僕から放たれた音はボールが壁に当たって跳ねているみたいによく響いた。
その後、空気が凍りついて静寂が辺り一帯を包んだ。
僕を虐げ続けるこの世界に対して、なけなしの力で反抗したのだ。
その瞬間だけ、僕はこの世界の主人公になった。
周囲の歩行者は、見てはいけないものを見てしまったと言わんばかりに僕を忌避し、距離を取っていった。
昔の僕ならば、マクドナルドの面接帰りの時のように歩行者に当たり散らしていたかもしれない。
だが、今の僕にそんな気力は残っていなかった。
自分の不甲斐なさに打ちひしがれて、声を絞り出すだけで精一杯だった。
自分一人で頑張るのは無理
薬によって緊張がなく、しかもマスクで顔が隠れていて赤面や表情の引きつりが相手から見えない状態なのに、いまだにバックレを繰り返してしまう。
なんで社会不安障害の症状が治まっても行けないんだろう。
ちゃんとした会話や挨拶ができないから?
職場の人の前で自己紹介したり、雑談するのが怖いから?
他人に変な奴だと思われたくない?
明確に原因を解き明かすことは難しいが、おそらく恥をかきたくないということが一番の要因だろう。
会話や挨拶する際のたどたどしさ、社会常識の欠如など、薬ではどうすることもできない部分。
今までまともに人と関わってこなかったことの弊害がここにきて現れた。
普通なら学生時代にやっておくべきコミュニケーションを経験してこなかったから、意思疎通の細かいところがわからない。
嫌なことから逃げてきたけど、幸か不幸か淘汰されずに生き残ってしまったからこんな状態に陥ったのだ。
もう僕は手遅れなんだ。
きっかけがあっても、ことごとくチャンスをドブに捨ててきた。
自力で今の状況を変えることは限りなく不可能に近い。
運任せにはなるけれど、神様にお願いする。
やっぱり自分じゃどうしようもないことは神頼みするほかない。
身の丈に合わない願いを毎年叶えろと要求してくる傲慢な大衆と比べ、僕は欲張らない。
店に入って店員に話しかけるその一瞬でいいから勇気をください。
面接さえ受けられれば、そこから先は何とかなるような気がしてる。
その成功体験が小さな光となって僕の行く先を照らしてくれるはずだ。
何度も失敗を繰り返して傷ついてもなお諦めない僕の姿を見て、そろそろ報われて欲しいと思ってるんでしょ?
もしこんなにも頑張ってる僕を救ってくれないのなら、あなたは神様失格だ。