日記

人に道を聞けなくて、大学入試に間に合わなかった話。

 

下調べしなかったことが命取りに

滑り止めや、志望校の他の学部の試験を受け終え、いよいよ入試最後日が来た。

入試会場は、これまでは家から近く容易に行けるところだったが、最終日は東京の真ん中の方にあって家から結構離れていた。

しかし、去年も同じところで試験を受けたため、油断して会場の下調べを一切行わなかった。

この判断が命取りとなり、僕を絶望の淵に追いやることになる…。

 迷子になって泣いた、19の冬

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入試当日の朝、最寄り駅には予定より少し遅れての到着で少しの焦りはあったものの、それまでの試験で手ごたえがあったことと、最後の入試ということもあって焦燥感よりむしろ高揚感が勝っていた。

階段が複数あり、どこから出ればいいのかわからなかったが、特に気にも留めず適当な階段を上った。

時間ギリギリのためか、受験生らしき人影が全く見当たらず、いぶかしく思った。

去年の記憶を頼りに道を進んでみたが、会場らしき建物は一向に視界に入らない。

「これはまずいことになったぞ」という本能レベルでの感覚が、僕を次第に焦らせた。

ここらで一度、道を尋ねたほうがいいかもしれないと思ったが、すぐ近くにあったら恥ずかしいという羞恥心が頭を占拠し、自力で見つけることに決めた。

たどり着きたい一心で辺りを歩き回った。

行き詰まったら駅に戻り、違う方向に行くということを繰り返していくうちに、全く同じ道を何度も通っていることが分かった。

だが、今自分が置かれている状況を受け入れたくなくて、ひたすらにわけもわからず歩いた。

何度も繰り返し通った道に出るたび、悪い魔法にかけられてしまったのかとオカルトじみた突飛な妄想が、僕の空っぽの脳みそを支配した。

それはまるで繰り返される悪夢そのもので、逃げても逃げてもその先にはまた同じ光景が広がっていた。

試験開始時間を過ぎても、「まだ間に合う」と自分に言い聞かせ、妙な寒気を感じながら冷や汗をたらし、足を動かした。

その姿はさながらエベレストで生死の境をさまよう登山家だった。

止まったら即死の雪山での登山。

立ち止まったら最後、地獄の谷へと真っ逆さまに落ちていく。

あの時確かに、深淵が僕を覗きこんでいたのだ。

イムリミットが迫る。

一刻も早く目的地に到着せねば。

足の動きを止めてしまったら、抑えていた感情がとめどなく溢れ出してしまう。

旧日本軍の兵士よろしく前進あるのみだった。

祖国を、愛する人を守るため。

僕の光輝く希望に満ち溢れた未来をつかみ取るため。

たとえその先に待つものが死だったとしても。

何度も何度も人に聞いた方がいいんじゃないかと、もう一人の僕が問いかけてきたが、その都度言い訳を振りかざし邪念扱いしてそれを追い払った。

そしてついにやってきた。

一科目目終了の時間。

目の前が真っ暗になった。

僕はすべてを悟り、自分の愚かさを呪い、絶望した。

最後の最後でこれかと。

神様はなんて非道な仕打ちをされるのだと。

目から絶え間なく悲しみの雨粒を零しながら、ただその場で呆然とするほかなかった。

 用もなく予備校に行って時間を潰した

予想だにしない最悪な入試の終え方をした僕は、残り二科目分の時間をつぶすため、塾に行って入試は終わったのにも関わらず勉強をした。

もちろん身が入るわけもなく、生きた心地がしなかったからボーっとして、飽きたら塾周辺をうろうろ散歩して過ごした。

長い浪人生活を終え、達成感と解放感がもたらされるはずだったのに、絶望的な気持ちを抱くこととなった。

決して褒められるような浪人生活は送らなかったものの、現役の時よりはましな学力になったし、笑って終われると思ったのに。

通りゆく人々に声をかけるだけで、こんな事態になることは防げた。

自分の不甲斐なさを呪うことしかできなかった。

 なぜこんなことに?

僕は浪人生にもかかわらず、家でスマホばかりいじっていた。

それに腹を煮えたぎらせた親は、あろうことか僕からスマホを取り上げた。

もし入試当日スマホを持っていたら、グーグルマップを片手に楽々会場にたどり着き、つつがなく試験を受けることができたはずだ。

もちろん人に道を尋ねるという19歳ならできて当然のことをしなかった僕に責任はある。

だが、あの時スマホがあれば、無事にたどり着き、こんな惨めな思いをしなくて済んだんじゃないか。

ふと、そんな考えが頭をよぎる。

もし親からスマホを取り上げられなければ、あるいは事前にルートを確認していれば、今頃僕は、志望校で華のキャンパスライフを送れていたのかもしれない。

満開の桜並木の中、胸を張って歩き、自分の人生が開けてゆく確かな感覚に酔いしれていただろう。

サークルの新歓で、だいぶ遅れた青春を取り戻せたかもしれない。

ところがどっこい、入学式に出席せず、授業に行けなくて、一年間大学に行ったふりをすることになるなんて…。

ああ、神様はいつも僕に無慈悲な現実を突きつける。